元不動産屋日記

元不動産屋のワンポイント解説集です

パナマ文書についての報道の整理

パナマ文書に関する報道は全体の把握が難しく、またメディアによる温度差や報道の内容にばらつきがあり、何を信じてよいのかわからない状況でした。そんなとき、荻上チキのセッション22(TBSラジオ)で5月11日に放送された内容がたいへんわかりやすく、参考になりました。
そこで、自分用のメモを兼ねて、朝日新聞デジタルの記事も参照しながら以下のポイントに絞ってまとめてみます。

【参考リンク】
ICIJ Offshore Leaks Database

1.パナマ文書に関しては、誰の報道を追うべきか?

この日のスタジオゲストは、朝日新聞の奥山俊宏記者と共同通信の津村一史記者のふたりでした。セッション22のスタッフがあらかじめ調べていたのだと思いますが、日本におけるパナマ文書報道の鍵を握るのは、朝日新聞共同通信です。
奥山記者は次のように発言しています。

奥山 私は5年前からICIJ(International Consortium of Investigative Journalists)のメンバーになっています。そして朝日新聞としては4年前からICIJとのパートナーシップを組んでいきましょうということになっています。
荻上 奥山さん個人の方が先だったんですね。
奥山 はい。この4年間、いくつかICIJといっしょに原稿を出してきています。今回のパナマ文書については今年の1月に話をいただきました。「新しいプロジェクトがある。興味はありますか?」とメールをいただきました。それで、電話で話をして、参加することにしました。

すでに報道されているとおり、当初パナマ文書は南ドイツ新聞のフレデリク・オーバーマイヤー記者あてにリークされました。その時期は明らかにされていませんが、遅くとも2015年の早い段階だったようです。朝日新聞デジタルの5月5日付記事によれば、その後オーバーマイヤー記者は「自分たちや家族の安全を守るため」に各国記者たちと協力して取材を進める道を選択、ICIJと情報共有を開始します。
ICIJは日本でのパートナーとして朝日新聞社、ついで共同通信社とコンタクトをとります。その時点で、すでに情報解禁日は2016年の4月3日(日本では4日)と決まっていました。

ですから、今のところ時間をかけて取材することができたのは、日本のメディアとしては朝日新聞共同通信だけです。また、ICIJからパナマ文書の全データを提供されているのもこの2社だけです。ほかのメディアは一般に公開されている情報(パナマ文書に現れる会社名や個人名の一覧)のみを頼りに取材しているため、調査報道と呼べるレベルの深い取材ができているとは考えにくい状況です(すくなくとも現時点では)。

そこから、パナマ文書に関する報道を追う場合は、朝日新聞の紙面を第一に参照することになります。

2.パナマ文書とはどんなものか?

パナマ文書は上記2社に、オンラインのデータベースという形で提供されているようです。奥山記者が放送のなかで「必要なデータをダウンロードできる」とのべていることから、ローカル環境へのダウンロードが可能とわかります。また、これとは別に、日本関連の社名や氏名のみを一覧にしたエクセルのファイルも提供されているようです(名前に限ってはICIJのオフショアリークスデータベースから一般の人も閲覧可能)。

パナマ文書は主としてモサック・フォンセカというパナマの法律事務所がやりとりした電子メールで構成されているようです。法律事務所の内外でやりとりされたメール、会社設立時の定款や必要書類などのテキスト情報だけでなく、パスポート画像などのバイナリデータも含まれているようです。それについての、共同通信の津村記者のコメントは次のようなものでした。

津村 奥山さんもおっしゃっているように非常に膨大。1150万通ですから、1日に1000通読んだとしても30年以上かかるくらい膨大な量というので、しかも全部英語で書かれている。だからたとえば日本人と思われる、ローマ字で(表記したら)有名人と同姓同名だから調べてみる価値があるんじゃないかと思って調べてみても、同姓同名の別人で空振りに終わることも多いというので、これは非常に労力のかかる、まさに各国の報道機関で力を合わせてやる価値のある仕事なんじゃないかと感じました。

このように、パナマ文書を読み解くことがそもそも大変な作業のようです。
そこから、一部メディアが「パナマ文書に名前が載っているから不法行為を働いている」というようなとらえ方をしている点については、疑問ではないかと考えられます。
後述するように、パナマ文書に名前が掲載されている企業や個人のなかには、合法的な行為をしている人も含まれるようです。

3.タックスヘイブンを利用する理由と問題点

朝日新聞デジタルの5月10日付記事で、作家の黒木亮さんが次のように述べています。

金融マン時代、ボーイング747型貨物機を銀行団の融資で購入し、サウジアラビア航空に貸し出してリース代を得る仕組みを作ったことがありました。ケイマン諸島ペーパーカンパニーに航空機を所有させてリースする形をとりました。約140億円の航空機でしたが、ケイマンにもってくることで、銀行団がペーパーカンパニーの株式に質権を設定し、航空機をきちんと担保にとることができました。(中略)タックスヘイブンのこうした使い方は、各国の当局も認めている一般的な金融手法です。

タックスヘイブンには合法的な利用方法もあるようですし、脱法的な利用方法もあるようです。また違法な利用方法もあると報道されています。
違法な資金の保管先として使われていたケースについては、セッション22の放送中に津村記者が紹介しています。

津村 兵庫県に住んでいる男性がタックスヘイブンを使っているというのがわかったんですが、その人は出資金詐欺(中略)を繰り返していたという風に訴えられた、民事で。民事の裁判で何件も訴えを起こされて損害賠償訴訟を起こされているという人がいて、その人は裁判にもほとんど出席せずに、賠償命令を受けるんですけれど支払いをまったくしていないと。で、ただ、裁判の記録を見ると合わせて3億4000万円くらいのお金を、その方法で集めていたという人がいまして、その人に話を聞きに行ったときに、この人自身はタックスヘイブンを自分のお金を隠す目的で使っているわけではないんだという風には言っていましたけれど。

この人物が違法なお金をタックスヘイブンに隠した、と津村記者は断言してはいませんが、違法な使い方は存在するとみて間違いないようです。

ここまでで、タックスヘイブンの合法的な利用法、違法な利用法があることがわかりましたが、最も注目すべきなのはグレーな利用法ということになりそうです。合法的ではあるものの、脱法的な手法で租税を回避して大きな資金をタックスヘイブンにプールするという手法には対策がとられつつあるそうですが、それでもまだ通用する面もあるようです。

これについては、タックスヘイブン報道のエンバーグから数日後に、オバマ大統領がコメントを出しています。

A lot of It's leagal, but that's exactly the problem. It's not that they are breaking the laws, it's that the laws are so poorly designed that they allow people if they have got enough lawers and enough accountants to wriggle out of responsibilites that ordinary citizens are having to abide by.
その多くは合法だ。しかしそれこそが問題である。彼らは法を犯していないが、法律の制度設計がだめだから、使える法律家や使える税理士さえいれば、人々は、通常市民であれば負うべき責任を逃れている。

朝日新聞の奥山記者もここを問題視しており、おそらくICIJもこれを問題と考えているはずです。
今後の報道としては、タックスヘイブンの脱法的な部分についての追及や、どういう制度に改めるべきかという制度設計面からの提言を読み解いていくべきでしょう。「UCCの上島氏の名前が挙がっているからバッシングしておこう」的な報道にはあまり意味がなく、建設的な記事を書く報道機関に注目したいと思います。

4.どうして日本人の名前が少ないのか?

これについても「安倍政権が隠ぺいしているからだ」といった変な陰謀論がありますが、実際はそういう事でもないようです。たとえば、モサック・フォンセカは中国を重要な営業先としているようで、逆にアメリカからは手を引こうとする傾向があったそうです。

奥山 モサック・フォンセカ自体がアメリカを避けていたと。アメリカのお客さんを基本的になくすという方針で運営していたということが大きいと思います。といいますのは、アメリカの司法省、連邦捜査局(FBI)は、非常に国際捜査に積極的です。(中略)実際モサック・フォンセカアメリカの代表者というのがいたんですが、彼のところに十数年前にFBIが書類を提出せよと、もし従わないのならば強制捜査をするぞと言ってきたことがあったそうです。(中略)これ、アメリカで営業しているとアメリカ当局からどんな無理難題を突き付けられて自分たちの大切なお客さんの資料をアメリカ当局に押収され、差し押さえられるかわかったものではない。ということで、アメリカ国内ではできるだけ……アメリカの人にはできるだけかかわらないようにしようという風に考えたと、いう風な文書がパナマ文書の中に残っていました。
(中略)
奥山 (パナマ文書には)全体では37万くらいのいろんな名前があるんですけれども、そのうちの日本は400。香港が5万とか、中国が3万とか、スイスが4万とかいうのに比べると、日本はけた違いに少ないということは間違いないと思います。

モサック・フォンセカには日本人の顧客が少なかったため、あまり報道が盛り上がらないという面は否めません。また、日本人はタックスヘイブンとして、ケイマン諸島をよく利用するそうです。それもあって、モサック・フォンセカから流出したパナマ文書にはあまり名前が出てこずに、大きな話題になりにくいという事情もありそうです。

日本で大騒ぎになるのは、いずれ「ケイマン文書」的なものが出てきたときになるかもしれません。

5.まとめ

パナマ文書に関する報道は、本来、手間もお金もかかる大がかりな調査報道です。今後この報道が続けられるのを、忘れずに待つ、という読者の姿勢が健全なジャーナリズムを育てるのではないでしょうか。

少なくとも現在、朝日新聞共同通信社はこの課題に取り組んでいます。朝日新聞社はこれまでに上村隆元記者を見捨てるような残念な態度をとったこともありますが、それでも、この問題に関して(あるいはそれ以外の問題に関しても)朝日新聞以上に信頼できるニュースソースはあまり見当たりません。
もしパナマ文書について正確に知りたいとすれば、今後も信頼できる記事を中心に情報を整理しつつ、問題を風化させないことを心がける必要がありそうです。

 

(サーバ引っ越しのため記事を転記:2018.10.2)